男女共同参画作文コンクール優秀賞作品(第17回郡山市男女共同参画フェスティバル)

未来を担う若者たちに、自分らしく輝く夢や希望を見つめ、考えてもらうため、「10年後は?何をしているかな?」をテーマに「男女共同参画作文コンクール」の作品を募集しました。中学校から183点、高等学校から51点、計234点の応募をいただきました。応募作品は、厳正な審査により、優秀作品が選考され、平成31年2月23日の第17回郡山市男女共同参画フェスティバルのオープニングセレモニーにて優秀賞作品の表彰を行いました。今回、各部門の最優秀賞及び優秀賞に輝いた5作品についてご紹介します。

中学生の部

最優秀賞

十年後に胸をはれるように

郡山市立小原田中学校 2年 関和 美稀

私は、十年後の今、大学を卒業し、仕事をしていたい。十年後の今、充実した生活を送るために、まずは、受験に向けて頑張らなければならない。今年は、二年生が終わり、三年生になるのと同時に受験生になる。来年の今頃は、第一志望を目指し、勉強しているだろう。そう考えると、受験シーズンまで残り一年無いことが分かった。私には姉がいる。姉が第一志望に受かったとき、家族みんなで喜びを分かち合った。私も家族を笑顔にしたい。幸せを感じたい。そう思った。だから私は、三年生になってからじゃ遅い。今から受験に向けてスキマない復習を目指す。分からない問題や疑問があれば、今までは周りの目が気になり、恥ずかしくて先生に聞きに行けなかったけれど、自分のためだと思って、苦手を作らないようにしたい。

そして、私には、今も、十年後の今も大切にしたいものがある。それは、「笑顔」だ。自分の笑顔も、周りの人の笑顔も大切にしたい。

私は最近、人と話しているときに「いつもニコニコしているよね。」と言われるようになった。考えてみると、家にいる時間はもちろん楽しいし、学校にいるときだって、嫌なことが一つあっても、好きなことも一つ、二つ、三つとある。小学生のときと比べて、授業もよく分かるようになって、休日も「学校に行きたいな。」と言ってしまうほど、学校が大好きだ。そんな毎日が楽しくて、自分でも笑顔が増えたと思う。十年後の今、仕事で失敗し続けても、好きなことを見つけて、また笑顔にもどりたい。

また、大切にしたいものが、もう一つある。それは、「ゆいまーる」という言葉だ。この言葉は、一年生のときの担任の先生に教えてもらった言葉だ。この「ゆいまーる」は、沖縄の戦争から生まれた。「思いやり」「共同作業」という意味をもつ。この言葉を知ってから、勉強面でも生活面でも、困っている人がいたら助けたいと思うようになった。私の考え方が中学一年生のときに変わった。もともとこの言葉を合唱コンクールの曲をきっかけに知った。このことから、人を変えてくれるきっかけは、たくさん転がっていると思った。

私は、一度きりしかない人生を、人を助けたり、毎日を笑顔で過ごしたりして、後悔しない納得のいくものにしたい。だから、失敗したって、自分の笑顔、周りの人の笑顔をエネルギーに、また挑戦したい。

十年後の今、それまでの人生を胸をはって自慢できるようにしたい。だから、そのために、まずは、勉強。分からないことがあったら、時間をかけてでも分かるようにしたい。

私の小さな望みは、私自身の笑顔でたくさんの人を元気にすることだ。そうして、周りの人の笑顔も増やしていきたい。

優秀賞

「私の夢」

郡山ザベリオ学園中学校 1年 籬 妃奈乃

 

私の将来の夢は、「NGOスタッフ」になることです。私は、国際的な仕事に就きたいと思っています。インターネットでどんな職業があるのか探していたときに知りました。

この仕事を選んだ理由は国、言語を越えた国際協力で開発や人権、教育、難民などの問題を解決することがとても魅力的に感じたからです。また、その問題を解決する時にも、一人ひとりがそれぞれの得意の分野をいかして取り組むことができるところも素敵に思いました。誰もがかかせない存在となり、自分の得意分野という個性で人の役に立つことのできる職業です。私はこの職業で得意分野として、医療系の資格をとって多くの人の命を救いたいです。また、海外での職業なので語学についても学んでいきたいです。そして、心のケアもできるようになりたいと考えています。

私は「NGOスタッフ」になることができたなら叶えたいことがあります。それは、私の得意分野としての医療を最大限にいかせる救助活動です。紛争や災害などでけがをしてしまった人たちの手当てはもちろんのこと、家族をなくしてしまった方々の心のケアもしていきたいです。そして、少しでも笑顔になってくれたらうれしいです。これらのことを叶えたい理由のひとつにマララ・ユスフザイさんの活動があります。彼女は紛争が起きている中、女性教育の差別について何度も訴えてきました。そしてついに二〇一四年にはノーベル平和賞が授与されました。マララさんは銃撃により、頭部にけがをおいましたが、それでも諦めないという彼女の想いに今までにない感動を覚えました。そして、私もマララさんたちのように今、どこかで苦しんでいる人達の力になりたいと思ったからです。他にも、テレビで難民キャンプの現状を時々目にすることがありますが、今でも心がとても痛みます。

私が夢を叶えるためにがんばりたいことは、とてもたくさんあります。その中で大きくわけて二つを挙げます。一つめは、長期間の休暇を利用してボランティアに参加することです。インターネットで調べてみたところ、私が住んでいる地域でもゴミ拾いなどのボランティア活動が行われており、他の地区では植樹も行われていました。また、募金活動やエコキャップ回収も積極的に家族で取り組んでいこうと思います。二つめは英語以外の言語も学んでいくことです。英語は世界の共通語ですが、それ以外の言語を知ることでコミュニケーションを増やすことができると思うからです。

十年後の未来が明るく楽しい生活となるためにも、自分から行動していきたいです。また、どんなに辛くても夢を諦めない心をしっかり持ち、夢に向かって歩んでいこうと思います。

「未来の理想の自分」

郡山市ザベリオ学園中学校 2年 渡辺 愛理

 

十年後の自分は二十四歳だ。どのような人になっているのだろう。様々な未来が想像できておもしろい。

私には、小学五年生からの将来の夢がある。それは今でも変わらない。きっかけは、祖母を事故で亡くし、その数か月後にひいおばあちゃんを病気で亡くしたことだった。その時の私は小学五年生。突然の出来事に、悲しみをかくすことはできなかった。そのころの私は、将来の夢がなく気楽に学校生活を送っているだけだった。でも、この出来事のおかげで私の心は一瞬で動かされた。そして、私の将来の夢が決まった。「医者」になることだ。

医者になって、病気の人や事故にあってしまって体が不自由な人などの、たくさんの人を治してあげたい。このような思いで将来の夢をおいかけてきた。医者になるためには、高校卒業後に大学へ六年間通わなければならない。そこで、医学部に入らないといけない。二十四歳の自分は大学六年生だ。本当に将来の夢をおいかけているのだろうか。私は、高い壁にぶつかると、すぐにあきらめてしまうということが昔からある。だから、未来の自分のことを想像すると少し不安になってしまう。でも、将来の夢だけは絶対にあきらめないでほしい。小学五年生のころの私が決心した大切な夢だから。大学六年生になると、就職まであと少しのとても大切な時期だ。おそらく、就職に向かってがんばっているのだろう。医者になるには、たくさんの時間がかかり、勉強する量も多い。それも分かっていて考えた将来の夢だ。だから、難しいことにも挑戦してたくさん努力していってほしい。そうしていけば、明るい未来が見えてくる。医者になって大変な仕事も、がんばっている未来の自分。たくさんの人の病気を治してあげている未来の自分。未来はとても明るい。医者になった自分を想像していると、とても楽しくなってくる。だから、未来の自分には必ず将来の夢を叶えてほしい。

将来の夢がとても大切なものだということを、未来の自分を想像してみて分かった。将来、私が医者になれるように今から勉強をがんばっていきたい。すぐにあきらめてしまうのではなく、たくさんのことに挑戦していきたい。そして十年後、二十四歳になったときに、努力してきてよかったと思えるようにしたい。だから、今日からは前向きに考えて生活し、たくさん努力することを忘れずに生活したい。そして、将来の夢を実現させていく。

高校生の部

最優秀賞

十年後の自分

今泉女子専門学校高等課程 3年 須田 陽菜

 

十年後、過ぎてみればあっという間の時間かもしれませんが、想像をするのはとても難しいことです。今学んでいる服飾という世界で仕事をしているのか、結婚して子供がいたり、海外へ行っているかもしれません。このように、今の私には想像できない程、十年後の未来への可能性は広いと感じています。沢山の可能性の中で、私が一番叶えたいことは、次のようなものです。

私は、海外のいろいろな場所へ行って、その土地の歴史、文化に触れ、その地の人々と交わり、その経験を生かし、自分のブランドを立ち上げ、沢山の人に愛されるような服を作ることが夢です。

そのために、今泉女子専門学校という服飾学校に通い、服を作る基礎から学んでいます。ここでは、洋裁と和裁の両方を学ぶことができ、日本の伝統文化の着物にも触れる機会も多くあり、私はこれをきっかけに、世界各国にある沢山の伝統にも触れたいと思ったのです。

私は昔から、世界の絶景スポットや、世界文化遺産、その土地ならではの食べ物などをテレビや本で見るのが、とても好きでした。

今はインターネットやSNSなどで、一般の方の旅風景を気軽に見ることができたり、VRなどを使い自分の足でその土地に行かなくても、擬似空間として体験できます。今はすぐにあちこちに行くことができないので、最近はそのような方法で楽しみながら情報収集をしています。こういうふうに気軽に見ることができるようになった今、より自分の目や足を使い、全身で感じたいと思う気持ちが強くなりました。全身で感じた事が、また新たなアイデアを生む原動力となり、私の知らない私自身の可能性を発見できるのではないかと思うからです。いろいろな体験をすることによって自分の中のアイデアを次々に生み出すことができ、沢山の人に愛される服を作りたいという私の夢に一歩ずつ近づけるのではないかと思っています。二〇二〇年の東京オリンピックや、二〇二五年の大阪万博では、海外から沢山の方が日本に来られます。そこから日本は他の国の文化をもっと身近に感じることになるはずです。このようなグローバルな社会で沢山の人から愛されるような服を作るには、日本人としての文化を守り大切にしていくことも大事であると同時に、他の国の文化を理解し取り入れ、全く新しい斬新なデザインを生み出すことも必要だと思います。

海外へ行くにあたり、その国の人とのコミュニケーションもとても大切なので、実際通じる英会話等を学びより深くいろいろなことを学び、調べて備えておきたいと思います。

こうした様々な経験は、自分を養い、新しいアイデアの糧になります。十年後だけでなく二十年後、三十年後、その後の長い人生の大切な財産になります。この財産を私は作っていきながら、人生を楽しく歩みたいです。

優秀賞

十年後、夢を叶えるために

郡山女子大学附属高等学校 3年 石井 玲名

 

私は十年後、二十八歳になっています。二十八歳といえば大学を卒業して就職し、仕事も日常生活も安定している頃でしょう。

今の私には、家庭科の教員免許を取得したいという夢があります。その夢を叶えるために大学進学を選び、就職した際に必要な知識や対応力を養いたいと考えました。十年後は大学での経験を生かして教壇に立ち、生徒に生活に役立つ知識を教えていると思います。

就職は県内外の高校で家庭科の教員として働きたいです。十年後には、もう働いてから六年たっているのである程度は教える事にも慣れ、自分の伝えたいことを伝えられるようになっていると思います。

私が家庭科の教員になりたいと思ったきっかけは、生活に欠かせない衣食住を教えることで将来より良い人生を送るための手助けに少しでもなればいいと思ったことです。また、常識や生活に必要な知識のある人を育てていくという部分で、少しでも社会に貢献できるのではと考えました。

また、私には仕事面だけでなく生活面で結婚して幸せな家庭を築きたいという夢があります。好きになった人と生涯を共にできるというのはとても幸せで素敵なことだと思うし、その人が自分や自分の夢であった仕事を理解して家事を協力してくれたら嬉しいです。十年後にはその夢を叶え、家事と仕事の両立のできる女性になりたいです。そのためには、今の社会にある家事は女性が行うものという固定概念をなくし女性でも働きやすい社会にしなければなりません。

私は、女性は家事だけをすれば良いという考え方は違うと感じるし仕事が生きがいである女性も多いと思うので、夫婦ならばお互いに役割を分担し女性ばかりに負担のかかるようなやり方はなくすべきだと思います。

私自身の夢を叶え、社会をよりよくしていくためには、男性ばかりでなく女性も働きやすい社会にする努力が必要です。そのため、家庭科の教員という形で現在の社会の問題点を子ども達に伝え、それらを改善していくためにどうすればいいのかという事まで考えてわかりやすく教えられるようになりたいです。そして、社会全体がより良くなっていくよう小さなことから地道に積み重ね、将来につなげていくことが大切だと思います。

今はまだ、十年後の私を明確に想像することは難しいですが、今のうちから将来自分がどうなりたいのかを考え、そのためにどんな行動をすべきなのかをはっきりさせていきたいです。

そして、自分が憧れる十年後の私になれるように小さな努力を継続し、社会の役に立てる、社会をよりよく変えていけるような夢のある大人となるよう一日一日を大切にすごしていきます。

 

よくある質問

この記事に関するお問い合わせ先

市民部男女共同参画課

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更新日:2019年03月13日