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【博物館コラムVol.7】必見!「記録から読み解く日本と郡山の歴史」展
みなさま、こんにちは。
現在開催中の企画展「記録から読み解く日本と郡山の歴史 ~時代を証言するたからもの~」(11月24日まで)担当の渡邉です。
この展示は、国立公文書館と当館の共催で、国立公文書館の所蔵する貴重な資料をお借りしました。例えば、板垣退助らの「民撰議院設立建白」、「男子普通選挙」、戦後の「男女普通選挙」、「農地改革」、池田勇人首相の「所得倍増計画」など教科書に載る有名な出来事の公文書の原本を展示しています。また、郡山に関係して、安積開拓、疏水の開さく事業、鉄道、新産業都市なども出展しています。こちらのコラムでは、初代郡山市長の選び方について紹介します。
郡山市は大正13(1924)年に市制施行しましたが、その時市長をどう選んだでしょうか?
今でしたら、市民が選挙で選びますが、この当時は違います。なんと議会で候補者を選び政府の承認をもらうのです。その過程を展示資料から見てみましょう。

大正13年市制記念関係書類(郡山市歴史情報博物館所蔵)
大正13年9月1日に市制施行にあたり、郡山町長大森吉弥が市長臨時代理に任命し、告示が出されました。

郡山市会会議録(郡山市歴史情報博物館所蔵)
12月1日に開かれた市会(現在の市議会)で、市長候補者3人を決定するための選挙が行われました。候補者は市長臨時代理の大森吉弥のほか、市内の名士の中から、第一、第二、第三候補者をそれぞれ選びました。結果としては、大森吉弥、根本祐太郎(市会議員)、佐藤伝兵衛(貴族院議員)の順で、市会が内務省に報告しました。

大森吉彌福島県郡山市長ニ就任ノ件(国立公文書館所蔵)
市会で推薦された三名について、大正14年2月7日に内務大臣の若槻礼次郎が、大森吉弥を選任し、総理大臣加藤高明が上奏し、天皇の裁可を得ました。そして指令により、市長に任命されました。
そのほか、本展では、様々な公文書を出展しております。教科書でしか見ることのない、歴史を証言する貴重な資料ですので、このような機会はめったにありません。ぜひお見逃しないように。


