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#12 救える命を救うために「予防救急」の取り組みを広めたい
郡山地方広域消防組合
「予防救急」とは、予防できるけがや病気を防ぎ、救急車を呼ばざるをえない事態を防ぐほんの少しの心がけのこと。特にお年寄りや小さな子どもは、日常のちょっとした変化やうっかりが大きなけがにつながる可能性があります。
予防救急の取り組みは、一刻を争う患者の命を助けることにもつながります。今回は、郡山地方広域消防組合の救急救命士に、予防救急の心がけについてうかがってきました。
防げるけが・病気による救急要請は多い
今回お話を伺ったのは、郡山消防署救急係で予防救急プロジェクトチーム統括リーダーを務める羽金真奈美さんです。日ごろから救急救命士として郡山市内の救急搬送に奔走する中で、防げるけがによる救急事案の多さを感じているといいます。
「高齢者の自宅での転倒事故が目立ちます。住み慣れた自宅でも、電気コードや物につまずいたり、新しいスリッパが歩きづらくて転んでしまったりと、本当に些細なことで骨折して動けなくなるケースが多いです。こうしたけがは、部屋を整理整頓しておくことや、ふらつきを感じたら手すりを付ける、家の中でも杖を使うなど、少しのことで予防できます。」
子どもに関しては、例えばトイレットペーパーの芯に通るぐらいの大きさの物は、赤ちゃんが口に入れて喉に詰まらせることが多いといわれています。不慮の事故のなかには、大人がリスク管理できていれば防げるものが決して少なくありません。子どもの危険を防ぎ、仮に危ない事態になった時に大人がどう対処するかまでが、予防救急です。
近年の猛暑による熱中症も、搬送者が多い防げる症状の一つ。2023年の夏に郡山地方広域消防組合が管轄する郡山市、田村市、三春町、小野町の屋内で熱中症を発症し搬送された人のうち、約7割がエアコンを使っていませんでした。
「年齢を重ねると温度に鈍感になっていきます。暑い室内で『寒い』と言って服を何枚も着込み、熱中症の症状を訴えているなんてこともあるんです。高齢者は家の中でじっとしていても熱中症になりやすいし、体力がないため重症化しやすい。ご家族がクーラーをつけても消してしまうこともあるようで、簡単なことではないのでしょうがなんとか対策してほしいですね。
子どもは外で運動している時に熱中症になりやすく、中学生ぐらいになれば水分をとるなど自己管理できるようになりますが、小学生以下はまだまだ大人が管理しないといけない。周りの大人が子どもを守る意識は、もっと高めていかなければならないように思います。」
119番するか悩んだら#7119に相談を
心肺が停止すると、救命率は1分ごとに7~10%低下するといわれています。救急車の台数は限られているため、搬送件数が増えると出動できる数は少なくなり、患者のもとに到着するまでにかかる時間は増えていきます。
2023年の郡山市内の救急出動件数は、前年と比べて1,070件上回りました。その背景には新型コロナウイルスによる行動制限緩和で人の流れが増えたこと、熱中症患者の増加などが挙げられます。そして、搬送された人のうち約60%が高齢者。今後も高齢化が進んでいくとすると、ますます救急出動件数は増えることが予想されます。
郡山消防署管内ではここ数年、市内に10ある分署のすべての救急車が出払ってしまうことも多いといいます。羽金さんも、湖南町からの救急要請に西部にある3つの分署が出動ができず、郡山消防署から30分ほどかけて患者のもとに向かったことがあったといいます。
予防していても、けがや病気は起こり得るもの。救急車を使うべきか、自力で通院すべきか判断することも、必要な人に救急車を届けるためには重要なことです。そうはいっても、実際に救急車を呼ぶかどうか迷ったことがある人は多いのではないでしょうか。
そんな時の助けになるのが福島県救急電話相談ダイヤル「#7119」です。看護師が24時間相談を受け付けていて、119番すべきかどうかの助言をもらえます。
「救急車を呼ぶか呼ばないかって、本当に判断に迷うと思います。私自身も、救急搬送した患者さんが119番すべきだったのか、そうでなかったのかを判断することはかなり難しいです。最近では、#7119に相談して救急車を呼んだという声も聞かれるようになりましたが、まだまだ周知は足りないと感じます。
意識がない、痙攣している、大出血している、麻痺がある、など明らかに重大な症状が見られる場合は迷わず119番してくださいね。」
介護者や子育て中の人にこそ知ってもらいたい
郡山地方広域消防組合では、企業や団体などの要請があれば予防救急サポーター養成講習会を開いています。とはいえ、予防救急という言葉の周知はまだまだこれから。応急手当やAEDの使い方を学ぶ救命講習会の申し込みがあった時に受講を提案し、予防救急を知ってもらう機会を増やしています。
予防救急サポーター養成講習会ではまず、日常生活において予防できるけがで救急搬送された人の事例を紹介します。「2歳・大人の目が離れた隙に水が溜まったままの浴槽で溺れて心肺停止の状態に」「10歳・電気コードに足が絡まって転倒し、机に頭をぶつけてしまう」「76歳・飲酒後に入浴して、心肺停止に」…
続いて、部屋のイラストから、けがにつながりそうな箇所を探すワークショップを行います。参加者同士が話し合うことで、自分では気づけなかったポイントを知れたり、危険を感じた時のエピソードが共有できたり。終了したら「予防救急サポーター」の認定証が受けられます。
「お年寄りは特に、自分では気づけないポイントが多いかもしれません。家族を介護している方や、子育てをするお父さんお母さん世代にこそぜひ受けていただき、予防救急の知識を身に付けてもらいたい。こうした地道な取り組みが、少しでも命を守ることにつながることを期待しています。」
身近な人にも予防救急を広めてほしい
中学3年生の時に祖母が倒れ、その時に駆け付けてくれた救急隊の姿に憧れて救急救命士を目指したという羽金さん。必要な処置や搬送先など、判断力とスピードが求められる現場は日々悩むことが多いといいますが、ご自身の動きが患者さんの回復につながることがやりがいなのだといいます。ご主人も同じく救急救命士で、「家でも仕事の相談ばかり」というほど、救急救命士の仕事に熱中しているのだそう。
「一刻一秒を争う患者さんを助けるには、救急車の適正な利用が一番大事。医療を受ける人の数が減ることはありませんが、救急車の搬送件数を減らすことはできます。私たちが呼び掛けるだけでは限界があるので、予防救急を知っている人には家族や友人に発信してもらいたいです。そして予防救急で日常的なけがを予防できれば、みんなが笑って暮らせるようになるはずです。」
予防救急の取り組みは一つひとつが小さなものですが、身近な人や誰かの命を救うきっかけになります。まずは、いまのご自宅の状況をイメージして、けがをするきっかけになりそうなものがないか探してみることから始めてみましょう。
■予防救急の事例について、より詳しく知りたい方はこちらをご覧ください。
予防救急について<外部リンク>
■郡山地方広域消防組合では随時、予防救急サポーター養成講習会の受講希望を受け付けています。町内会やグループなどで申し込んでみませんか。
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救命講習 講習種別について<外部リンク>
<動画>ショートムービーをご覧ください。
2024年3月27日公開
Photo by 佐久間正人(佐久間正人写真事務所<外部リンク>)
Text by 五十嵐秋音(マデニヤル<外部リンク>)
Movie by 杉山毅登(佐久間正人写真事務所<外部リンク>)