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日和田町の文化財等

ページID:0006635 更新日:2021年12月2日更新 印刷ページ表示

蛇骨地蔵堂

<市指定重要文化財>
蛇骨地蔵堂は、1718年(享保3年)、二本松藩4代藩主丹羽秀延の時に、東勝寺とともに再建されたと伝えられていますが、江戸時代後期の特徴を示すその技法や彫物などから見てほぼ間違いないものと思われます。
時代的にはさほど古い建築物ではありませんが、その造りや使用材料は共に美しく、江戸時代後期の建築様式を良く保った仏堂建築といえます。

蛇骨地蔵堂の外観写真
蛇骨地蔵堂

問い合わせ:西方寺電話 024-958-2260

伝説

大蛇にまつわる『あやめ姫と佐世姫伝説』を今に伝える蛇骨地蔵堂は、今はなき東勝寺の祈願堂だったといわれています。
お堂の裏には、あやめ姫と彼女のたたりで人身御供にされた32人の娘たちの霊を慰めるための三十三観音が安置されています。

木造大日如来坐像(西方寺)

<県指定重要文化財>
この仏像は、寄木造で、眼には水晶がはめ込まれている漆箔の仏像です。
像の手の印相は、智拳印を結んでいますが、智を表す金剛界の大日如来です。
衣紋の彫り具合が見事で、座っている姿に力がみなぎっています。
金銅製の宝冠がついていますが、玉釧は彫り付けてあり、県内における鎌倉時代の一様式を代表する仏像であるといえます。

木造大日如来坐像の写真
木造大日如来坐像

問い合わせ:西方寺電話 024-958-2260

高倉人形

<県指定重要有形民俗文化財>
「文楽」で知られる人形浄瑠璃。
江戸時代に、安積郡山ノ井村高倉(現日和田町高倉)でも人形浄瑠璃が行われていました。
これは全国の人形浄瑠璃分布の最北端に位置するといわれますが、その始まりは明らかではありません。
1893年(明治26年)ごろに廃絶し、人形など道具一式は、つづらに入れたまま山清寺に置かれていました。
現在は、日和田公民館に、首(かしら)32体、手足各14個、肩具等10個、衣装50枚、幕4枚、太鼓胴1個、他に小道具類が保存されています。
「高倉人形」として親しまれた人形浄瑠璃が、今に伝えられなかったことは惜しまれますが、庶民芸術の資料として、また人形浄瑠璃の分布上極めて価値の高いものです。

高倉人形の写真
高倉人形

問い合わせ:日和田公民館電話 024-958-2352

日和田のイチイ

<県指定天然記念物>

日和田のイチイの写真
日和田のイチイ

西方寺の傘マツ

<市指定天然記念物><福島県緑の文化財>

西方寺の傘マツの画像
西方寺の傘マツ

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