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【博物館準備室コラムVol.7】~線刻画は偽物?本物?~
主事の柳沼賢治です。郡山市歴史情報博物館は、主として来館されるみなさんが交流することを目的とした交流エリアと、歴史資料をご覧いただく展示エリアとに分かれており、私は現在、展示エリアにある原始・古代の展示製作に携わっています。展示する資料は実物が一番ですが、郡山市史を理解する上で欠かせない資料ながら、他の自治体あるいは個人の方がお持ちのものもあります。その場合は、レプリカ(複製品)を製作させていただき展示します。また、錆びた刀などは、製作当時の技術の高さや装飾の美しさが蘇ると刀本来の製作目的が見えやすくなるため、当時の姿に復元して展示する場合もあります。それからもう一つ、大変珍しい例ですが、偽物か本物かが判らない資料もあります。ここでは、本物・レプリカ・復元品に続く4番目の資料についてお話ししましょう。
湖南町舟津に山ノ神という遺跡があります。ここは、縄文時代の後期から晩期(今から3000年ほど前)の遺跡で、1990(平成2)年の6月から12月まで発掘調査が行われました。
発掘に先立つ同年4月に、私たち調査員が現地を訪れた時のことです。休耕していた畑の枯草を踏みしめながら歩いていると、足元に一個の石とそこに刻まれた線刻が目に飛び込んできました。「えっ」。少し苔の付いたその石を拾ってみると、なんと狩猟画が描かれているではありませんか。

<山ノ神遺跡線刻礫>
その石を持ち帰り、識者に見ていただくなどして以下の情報が得られました。
(1)最大幅が11.7cm、最大長18.7cm、最大厚4.3cm、重さ975gの粗粒質凝灰岩である。
(2)表面の向かって右側に弓を射る人物が、左側にはシカが描かれている。
(3)弓は、縄文時代によく使われた短弓と言われる短い弓である。
時が過ぎ、1996(平成8)年に、ある博物館の企画展で展示するためこの石を貸し出すことになりました。が、偽物の疑いがあるということで展示されずに程なく戻ってきました。
2003(平成15)年には、その博物館の研究報告に、山ノ神遺跡の線刻画は偽物だという趣旨の論文が発表されました。これは、2000年11月に世間を騒がせた旧石器捏造事件を受け、全国の偽物と思われる資料を収集する中で、発掘調査で出土したものではない山ノ神遺跡の線刻画も疑いのある資料とみなされたのでした。
(1)線刻の線が極めて新鮮である。
(2)香川県で出土したと伝わる弥生時代の銅鐸の絵をまねて描いたものだ。
というのがその理由でした。


<上:山ノ神遺跡線刻礫モチーフ 下:伝香川県出土銅鐸画モチーフ>
この狩猟画が見つかった数か月後に、発掘中の山ノ神遺跡で弓が出土しました。これははたして偶然でしょうか? この石は、狩猟の成果を願う儀式などで使用されたもので、それが何らかの理由で地上に出てしまったのではないか、と私には思えるのです。
偽物の疑いがあるこの石を、新しい博物館に展示すべきかどうか迷いましたが、展示することにしました。隠すことより多くの皆さんに見ていただく方が有益ですし、博物館に偽物か本物かを問う鑑賞法があっても良いのではないかと考えたからです。
これまでお話ししたことをご理解のうえ、「偽物の疑いがあるものをなぜ展示するのか」などとおっしゃらず、真贋について一緒に考えていただけませんか? 原始の展示室であなたを待っています。