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「歴史の道百選」白河・会津街道

ページID:0007011 更新日:2021年12月2日更新 印刷ページ表示

文化庁選定「歴史の道百選」とは

古くから人、物、情報の交流の舞台となってきた道や水路等は、我が国の文化や歴史を理解する上で極めて重要な意味を持っています。これらの歴史的・文化的に重要な由緒を有する古道・交通関係遺跡を「歴史の道」として、その保存と活用を広く国民に呼び掛け、顕彰するために、平成8年に全国各地の最もすぐれた「歴史の道」78か所を「歴史の道百選」として選定しました。さらに、令和元年、新たに36件の道を選定し(既選定への追加選定19件)、「歴史の道百選」は114件となりました。

文化庁選定「歴史の道百選」<外部リンク>

白河・会津街道

文化庁「歴史の道百選」に、令和元年10月29日付けで選定された「白河・会津街道」は、会津城下の大町一之町から白河城下の奥州街道との分岐点「女石」に至る約66kmの街道です。豊臣秀吉による奥羽仕置に際して、伊達政宗が白河から会津までの工事を担当し、道や宿駅が整備されました。その後、17世紀前半に会津藩主加藤氏により行路が変更されて、江戸と会津・越後方面を結ぶ交通路として、参勤交代や米などの物資輸送にも利用されました。

「白河・会津街道」の郡山区間には、湖南町三代の市指定史跡「三代の一里塚」や宿場町だった三代、福良、赤津など当時の面影を残す町並みなどが残っています。

白河・会津街道範囲図
白河・会津街道範囲(国土地理院地図を加工)
※現在は廃道となっていて通行できない箇所や歩行困難な箇所もあります。

勢至堂峠の画像
勢至堂峠

三代の一里塚の画像
三代の一里塚